“悲しみの話し”

家族や親しい友の死は本当に悲しいです。

この悲しみをやわらげてくれるのは時間しかありません。悲しみが長く長く続く人もいます。人間、これは仕方がないことです。

私は20年以上前にニューヨークで父を脳梗塞で無くしました。ある朝急に倒れてしまい、救急車で病院に運ばれました。それから一時はもしかしたらのチャンスが?ありましたが、入院中にさらに出血してその後数週間のなんの反応も無いまま、息だけを暫くの間し続けましたが、数週間後に 無くなりました。

父が倒れた時に私は“こんなことが私達家族に起こるはずがない、どうして?”と思いました。その時私は“全てを捧げるから父を助けてください。”と祈り続けました。

父が亡くなった後、悲しみが消え去るのに何年もかかりました。私は幼い頃から父と一緒に色々なことをして、沢山の思い出があります。私は父の生き方が好きでした。医者をしていましたが、高ぶることなく本当に周りの人達全てに平等な人でした。父の考え方は他の医師とは違いました。本当にするべき事を優先していた父なので、 患者優先で決してお金を追わずでした。医者の社会では窮屈な思いも沢山していたようです。

私はこんな父が大好きでした。その頃は医者の娘は出来れば医者の息子と結婚させるのが普通でした。でも父も母も一度も見合い話も持って来ず、好きなようにやりなさい、でした。初めて主人を紹介した時に“お前、ボブはいいやつだよ” と外国人でしかもどこで働いていてどのくらい稼いでいるとかそんなの全然聞かずに。父にとってそんなことは関係がなかったんですね。ボブという人間そのものが一番大切だったんですね。幼い頃に留学したいと言った時も“これからは女も海外に出て色々なことを学ぶ時代だ”と反対もせずに受け入れてくれました。父は視野の本当に広い人でした。

父が亡くなってから何年もアルバムさえ見れませんでした。当時息子が2歳になるところくらいでしたでしょうか?もし息子が生まれていなかったら、私はどうなっていたか?そのくらいショックで悲しかったです。

今の私はこう思えるようになりました。魂は永遠に続く。だから本当は死はまた次の始まり。生まれると言うことは必ず死ぬと言うことです。そして死は必ず生まれると言うことです。これを本当に気づいていなかった当時の私はとても辛い毎日を何年も送りました。

どこかのスピリチュアル関係の人がこんなことを言っていました。“あまり悲しむと魂が次にいけません。心配して成仏できない”と。私もそう思います。ある時点で十分悲しんだら“ありがとう”で送ってあげてください。本当にその人のことを考えてあげるなら、その人を次の旅に見送ってあげることはとても大事なことです。勇気を持って送ってあげましょう。

悲しみには色々な悲しみがあります。

例えば会社でボスから何かを言われて‘悲しい’。“こんな事ができないのか?”って怒られて落ち込んで悲しむ。この悲しみは“自我”です。悲しむことによって、自分が出来ないことを隠している。私はこう思います。素直に怒られた内容を自分なりに考えて修正すべきことは修正できるはずです。もしボスがとんでもない人だったら、自分がそこにいる必要性を考えて次の行動ができます。もしやめて別の仕事ができるのなら、そう言う方法もあるし。もしそんなボスの下でも働かなくてはいけない理由があれば、もうボスをあるがまま受け入れましょうよ。そして自分がそれに動じなければいいんです。悲しむ必要はありません。

このように、落ち込み悲しむ人の多くは“こんなことを言われるとは思ってなかった。”、、、想定外だったんですよね?自分が考える自分ではないことを言われたんですよね?それに対して落ち込み悲しいんですよね?この癖は変えて行った方がいいですよ。

まず、何か言われたり、聞いたことをそのまま受け取ればいいです。本当にそのままです。自分の感情は入れてはいけません。例えば“お前は本当にバカだ!”っと怒鳴られたとします。“この人は私をバカだと言ってるけど私のしたことのどこがいけなかったのかな?”っと感情は入れません。感情が入った場合はいつものようにそれを捕まえましょう。この作業は同じです。

“悲しい”って何が悲しい?と問いかけてみてください。自分が可愛そうで悲しいんですよ。こんなこと言われて可愛そうな自分を悲しんであげている場合は多いです。落ち込むのも同じです。なかなか難しい場合も多いです。私も過去にとても落ち込んでいた時代がありました。うつ病もやりましたよ、何年も。当時、薬やお医者さんによってうつ病は治りませんでした。私はある日“決心”したんですね。“もうこれは辞めるって”その決心があって行動をした結果、変えることができました。その当時は何もわかっていなくて生きていたけど“決心”して“行動”すればできるんだ!って。

今になって“決心”そして“実行”がどんなに大切かを学びましたが、学んでいない時に私はそう行動していました。だからこれは私だけではなくてみなさんにもぜひお勧めします。

人間だから“悲しむ”時はありますよね。誰か身近な人を無くされたら、おもいっきり泣いて、悲しんだあと出来るだけ早くそのかたを送ってあげてください。だってその人は次の旅に行きたいのですから。どんなに短い人生であろうと、その人が決めて去って行ったことを尊重してあげませんか?

その他の悲しみ落ち込みは殆どが自分本位に考える結果なので、その自我は頑張って無くしていってください。今本当に自分は何をすべきなのか?どんな状況であっても今日という1日をどんな意識で過ごすのか?来月、来年を考えて悩む前に今日の自分をどう生きるか?の積み重ねが来月であり来年なんです。今日を積み重ねがないと未来は訪れません。

 

追伸:極度のうつ病とか他に精神的な問題がある方など、お医者様の必要な状態のかたはどうぞ受診してください。そして医師に力も借りて、自分で乗り越えてください。時と場合には西洋医学も大切だと思います。