“本音で生きるの話し”

“私、こんなミスしちゃったんだよ〜!”とある人に自分の失敗談を話しました,とします。素直な人で同じようなミスをした人はこう答えました。“え〜!それ私もしちゃったんだよ。”ところが素直でない人はその事を言わず、ただただ私のしたミスの事を聞きます。こう言うことが対人関係とかで続くと、なんか違うな?って私は思っちゃうんですね。この人は自分の誤ちを話せない人。本音で交流ができない人だと。

自分の悪いところや失敗したことなどを言えない人、もしくは言わない人。隠している人。秘密主義な人。個人的に言うと私は本音の交流が出来ない人はちょっと苦手です。嫌いな人はいないけど、私だって苦手な人はいますよ。

以前のブログで書いたかもしれないけど、自分以上に見せたい時に本音が出てきません。どうでしょう皆さん、どれだけ本音で生きていますか?

私は何でもかんでも素直に言っちゃおう!っと言っているのではありません。本音と建前という言葉がありますが、それも必要なときは沢山あります。それはご自分で観じてください。

でも本音ってとても大切なんです。本音が言えない人の多くは自分の負を隠したいという気持ちがどこかにあります。人の本音は聞くんだけど、自分の本音は隠す、、みたいな。そして本音で生きていないと、“私こんなところがあるんだけど、どうしたらいいかなぁ?”なんて質問は出て来ません。だって自分はよく見られたいからこんな質問とんでもない話なんですよ、その人にとっては。 本音対本音のハートtoハートの交流が出来ないと、上辺だけの薄っぺらい会話しか成り立ちません。

こちらでは”Let’s catch up!” “近況報告し合おうよ”とよく耳にします。いいんですよ、これは。でも近況報告=交流になってしまってる、この交流が私はどうにも苦手です。近況報告に花が咲いておしまい。これは残念です。私はもっと深い部分の本音のお付き合いが好きです。

本音で生きるということは出来るだけ素直に生きることだと思います。本音で生きるは自分にも他人にも素直に生きることです。そして本音で生きると上辺だけではなくもっと深い部分での交流ができるでしょう。この交流は生きていく上でとても貴重なものになるでしょう。